花紀京の経歴を語る上で避けて通れないのが、その特異な血筋です。本名を石田京三(いしだ きょうぞう)といい、彼の父親は日本の近代漫才を創り上げた伝説の漫才師・横山エンタツ(本名:石田吾郎)でした。横山エンタツ・花菱アチャコのコンビは、それまでの音曲漫才とは一線を画す「しゃべくり漫才」を確立し、日本の大衆芸能の歴史を塗り替えた巨人です。
家族構成を紐解くと、花紀京はエンタツの次男として生を受けました。長男は元俳優の石田吾朗(花紀京の兄)、三男は元芸人でマネージャー経験も持つ石田達郎であり、まさに芸能の血が濃密に流れる一家でした。しかし、家庭環境は決して平坦なものではありませんでした。花紀京自身はエンタツの正妻の子ではなく、私生児(婚外子)として生まれた出自を持っています。幼少期は複雑な家庭環境のなかで育ち、偉大すぎる「横山エンタツ」という父親の存在は、大きな憧れであると同時に、背負わざるを得ない重い宿命でもありました。
父の背中を見て育った若い頃の花紀京は、周囲からの反対を押し切って役者の道を志します。父・エンタツの威光を借りることを極端に嫌い、「横山」の名を名乗らずに「花紀京」という芸名を名乗ったのも、親の七光りを完全に断ち切り、自らの腕一本で勝負するという強烈な気概の表れでした。血筋がもたらした天性のセンスと、生い立ちからくる反骨心が、唯一無二の喜劇役者・花紀京を形作る原動力となったのです。