公式に発表された渡哲也の死因は「肺炎」でしたが、その背景には半世紀近くにわたる過酷な闘病生活と病歴が存在していました。渡さんの役者人生は、そのまま大病との戦いの歴史でもありました。
最初の大きな試練は、1974年のNHK大河ドラマ『勝海舟』の主演時でした。過密スケジュールと重度の撮影疲労が重なり、急性肝炎および胸膜炎を発症して途中降板を余儀なくされます。さらに1991年には直腸がんが発覚。当時は病名を隠すことが一般的だった時代に、渡さんは自らオストメイト(人工肛門保有者)であることを公表しました。同じ苦しみを抱える患者への勇気づけとなったこの行動は、社会的な大きな反響を呼びました。
晩年は、長年の喫煙習慣の影響による慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息、肺気腫などの呼吸器疾患に苦しみ、自宅で酸素吸入器を手放せない日々が続きました。2015年には急性心筋梗塞で緊急手術を受けるなど、満身創痍の状態でありながら、CM撮影やナレーションの仕事には鬼気迫るプロ意識で臨み続けました。自らの肉体の限界と向き合いながら、最後まで表現者としての尊厳を失わなかった姿勢は、いま振り返っても胸を打つものがあります。