この特異なパスタの震源地は、老舗イタリアンレストラン「IVO ホームズパスタ」だ。とりわけ熱烈な支持を集める「ホームズパスタ 新宿店」では、客の半数以上が迷わずこのメニューを注文する。では、なぜ料理名に「絶望」というネガティブな言葉が冠されたのか。その由来にはいくつかの説が存在する。
もっとも広く知られているのは、「皿の縁からソースが飛び散り、白い服を着て食べると絶望的なシミになるから」という実用的な理由だ。しかし厨房の裏側には、もうひとつのロマンがある。冷蔵庫にろくな食材が残っていない絶望的な状況でも、オリーブとキノコ、ニンニクさえあれば息を呑むほど美味いパスタが仕上がるという、料理人の反骨精神から生まれたという逸話だ。さらに、細かく刻んだ黒オリーブと椎茸がソースを真っ黒に染め上げ、見た目が漆黒の絶望を連想させるからだとも語り継がれている。
その味わいの骨格を成すのは、計算し尽くされた旨味のレイヤード構造だ。2026年現在の厨房知見を紐解くと、再現の鍵は徹底した素材の下処理にある。大量のニンニクと赤唐辛子を弱火のオリーブオイルでじっくり炒めて香りを抽出した後、微細に刻んだ黒オリーブと椎茸、しめじを惜しみなく投入する。キノコから水分が抜け、オイルが深い褐色に染まるまで炒め合わせることで、驚異的なコクが生まれる。そこに酸味を抑えたトマトベースと濃厚なコンソメスープ、隠し味のアンチョビとパルメザンチーズを加え、強火で一気に乳化させる。パスタの茹で汁に含まれるデンプン質がスープにとろみを与え、麺の一本一本にソースが絡みつく至高の仕上がりとなる。