世界で最も著名な画家の一人である彼の本名は、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)。彼の生誕地は、オランダ南部・北ブラバント州にあるベルギー国境近くの長閑な町ズンデルト(Zundert)です。
1853年3月30日、ゴッホは厳格なオランダ改革派(プロテスタント)の牧師であった父テオドルスと、母アンナの元に長男として誕生しました。当時のオランダ南部はカトリック信徒が大多数を占める地域であり、プロテスタントの牧師一家として暮らすゴッホ家は、地域社会の中でどこか孤立した特異な立場にありました。
幼少期のフィンセントは、自然を愛し昆虫や植物の採集に没頭する内省的な少年だったと伝えられています。しかし家庭環境は決して平穏一辺倒ではありませんでした。実はフィンセントが生まれるちょうど1年前の同じ日(1852年3月30日)、母アンナは同名の長男を死産で亡くしていました。生誕地の教会墓地には自分と同じ「フィンセント・ファン・ゴッホ」の名が刻まれた墓石があり、幼い彼は日々その前を通り過ぎていたのです。
「死んだ兄の代わり」として完璧を求められる重圧と、厳格な父からの道徳的教育――この生い立ちにおける心理的葛藤が、後の激しい情熱と孤独感の原風景になったと近年の心理伝記研究でも指摘されています。