盛田昭夫との共著『「NO」と言える日本』が日米を震撼させたのは1989年のことだ。米国の傲慢さを痛烈に批判し、技術立国としての日本の矜持を説いた同書は、ワシントンで海賊版の英訳が配られるほどの警戒を呼んだ。当時、彼は単なる排外主義者ではなく、属国根性に安住する日本人の精神的去勢を激しく糾弾していた。
米中対立の構図が決定的に硬直化し、防衛力強化と自主独立のバランスが問われる2026年の現在地から振り返ると、彼の言葉は不気味な予言のように響く。同盟国に盲従するでもなく、周辺国の圧力に平伏するでもない「真の自立」。その主張の是非はともかく、国家のグランドデザインを自らの言葉で語り切る骨太な姿勢は、いまの永田町がもっとも欠落させている要素かもしれない。