万寿4年12月4日(西暦1028年1月3日)、藤原道長は享年62(満61歳)でその生涯を閉じました。当時の平均寿命から見れば長命の部類に入りますが、その最期は壮絶な苦痛に満ちたものでした。
道長の直接の死因となったのは、糖尿病の末期症状として現れた背中の巨大な腫物(癰・よう)です。高血糖が続くと白血球の機能が著しく低下し、重い易感染状態(細菌に感染しやすい状態)に陥ります。背中にできた化膿性皮膚疾患から細菌が全身へと広がり、現代でいう敗血症(あるいは糖尿病性ケトアシドーシス)を引き起こしたのが死の真相とされています。
臨終の地となったのは、道長自らが私財を投じて建立した法成寺の無量寿院でした。九体の阿弥陀如来の手と自らの手を五色の糸で結び、苦痛に喘ぎながらも西方浄土を願って念仏を唱え続けたと伝えられています。権力の絶頂を極めた男の最期は、全身を蝕む激痛と闘いながら仏に救いを求める悲痛なドラマでした。