歴史上「二条良基」としても知られるこの人物を語る際、避けて通れないのがその血統と現実主義の激しいギャップだ。五摂家の一つである二条家の当主として、藤原氏の誇りを背負いながらも、彼は前例や伝統に固執して滅びゆく貴族たちを冷ややかに見つめていた。
時代の風向きをいち早く察知し、武家との協調路線へ舵を切った決断力は、当時の公家社会からは裏切りとも映った。しかし、彼が選んだのは一族の血脈と権力を百年先まで残すための泥臭いリアリズムだった。朝廷内部の批判を巧みにかわし、敵対勢力を失脚させながら、自らは常に権力の中心に座り続ける。その徹底した実利主義こそ、乱世を生き抜く唯一の武器だったのだ。