現在の柔和な笑顔からは想像もつきませんが、風吹ジュンの生い立ちは過酷そのものでした。富山県高岡市に生まれ、小学生の頃に両親が離婚。母親に引き取られて京都市へ移り住んだものの、母親からの育児放棄(ネグレクト)に直面します。中学生時代にはわずかな生活費を渡されるだけで育ち盛りの兄妹が放置され、極貧の中で自活を余儀なくされるという、まさに家庭崩壊の極限状態を生き抜いてきました。
中学卒業後、生きるために単身で大阪に出て働き始め、その後18歳で上京。銀座の老舗高級クラブでホステスとして働いていたところをスカウトされたことが、芸能界入りのきっかけとなりました。1974年には「初代ユニチカマスコットガール」に大抜擢され、健康的でコケティッシュな魅力を持つグラビアアイドルとして瞬く間に社会現象を巻き起こします。
しかし、その華々しい脚光の裏で、当時の芸能界が抱える暗部にも巻き込まれました。事務所移籍を巡るトラブルから、関係者による拉致監禁事件に遭遇するという命の危機すら経験しています。理不尽な暴力や大人の都合に振り回されながらも彼女が擦り切れずにいられたのは、「誰にも頼らず、自分の足で生きていく」という幼少期に培われた強固な自立心があったからにほかなりません。