柴田英嗣のキャリアにおける最大の転換点といえば、2010年1月末から約1年間にわたって続いた芸能活動の休止です。当時、アンタッチャブルは2004年のM-1グランプリ制覇以降、バラエティ界のトップランナーとして絶大な人気を誇っていました。その最中での電撃休業は、世間に大きな衝撃を与えました。
休止発表当初、所属事務所のプロダクション人力舎は「急性肝炎による体調不良」とアナウンスしていました。しかし、休業期間が長引くにつれて週刊誌などで女性問題が取り沙汰され、様々な憶測が飛び交う事態となったのです。この柴田英嗣 活動休止の理由について、後に本人がバラエティ番組や手記で語った告白によると、発端は過去に交際していた女性との金銭・交際トラブルでした。
元交際相手が警察へ相談を持ち込んだことで、柴田自身も警視庁から事情聴取を受ける事態へと発展。脅迫などの容疑がかけられたものの、綿密な捜査の結果、柴田の完全な嫌疑なし(冤罪)であることが法的に証明されました。事件性自体は白日を浴びることとなったわけですが、問題視されたのはその過程でした。柴田が事務所幹部に対して当初事実関係を正確に報告していなかったこと、そしてタレントとしての信用を著しく損ねたことが重く受け止められ、事務所側からペナルティとして1年間の活動休止処分が下されたのが柴田英嗣 トラブルの真相です。
さらに私生活では、2005年に結婚した前妻との間に2人の子供をもうけていましたが、2015年に離婚が成立。翌2016年には、元妻とミュージシャンのファンキー加藤によるダブル不倫・妊娠騒動が明るみに出ます。世間が騒然とする中、柴田は公の場で見事な大人の対応を貫きました。元妻や加藤を一方的に糾弾することなく、生まれてくる子供や元妻との実子たちへの配慮を最優先に語り、理路整然とメディアに応対する姿は、視聴者のみならず芸能界関係者からも「並外れた器の持ち主」として驚嘆の声を集めました。