プールサイドのベンチで、紫と黄色の毛糸を素早く編み込む一人の男。カメラがその手元をズームで捉えると、世界中のSNSは大騒ぎになった。国際オリンピック委員会(IOC)の公式アカウントも即座に反応し、その映像は世界中で何億回も再生されることとなる。
なぜ、彼は金メダルがかかった極限の局面で針を握っていたのか。トム・デイリー本人が後に明かした真相は非常にシンプルで、同時に深いものだった。「試合の合間に過度な思考に陥るのを防ぐため」。一瞬の失敗が命取りになる高飛び込みの世界において、集中力を維持し続けることは容易ではない。試合と試合の間にある数時間の空白を、彼は編み物という作業によって無心で満たし、過剰なプレッシャーから脳を切り離していたのだ。