Q1:蜂須賀小六と蜂須賀正勝は同一人物ですか?
A1:同一人物です。「正勝(まさかつ)」が公的な本名(諱)であり、「小六(ころく)」は通称です。歴史文書や武家社会では蜂須賀正勝、小説やドラマなどでは親しみやすい蜂須賀小六の名で呼ばれることが一般的です。
Q2:小六と秀吉の身分差や上下関係は最初からあったのですか?
A2:出会った当初はむしろ小六のほうが勢力・人脈・経済力ともに上でした。小六は16歳も年下の日吉丸(秀吉)の非凡な才覚を見抜き、対等な協力者から次第に主従関係へと移行していきました。生涯を通じて秀吉が最も頭の上がらない兄貴分のような存在でした。
Q3:なぜ小六自身は徳島藩の初代藩主にならなかったのですか?
A3:四国攻めの恩賞として阿波一国を与えられた際、すでに高齢(60代半ば)であったこと、また秀吉の天下統一事業が最終局面を迎えるなかで、大坂中枢で秀吉の相談役・外交担当として補佐し続けることを自ら選んだためです。家督は嫡男の蜂須賀家政に譲渡されました。