2000年代以降、りえさんが舞台女優として数々の演劇賞を総なめにし、日本屈指の演技派女優へと脱皮していく過程を、光子さんは一歩引いた場所から静かに見守るようになります。
そして2014年9月23日、光子さんは肝腫瘍のため都内の自宅で息を引き取りました。享年65。あまりにも早すぎる旅立ちでした。最期はりえさんに看取られながら、静かに息を引き取ったと伝えられています。
光子さんの逝去に際し、りえさんは「母は私の人生において、一番の理解者であり、最強の味方でした」と深い追悼のコメントを発表しました。激動の時代を駆け抜け、時にバッシングを受けながらも娘を世界の舞台へと導いたりえママ。その苛烈なまでの生き様と美学は、昭和・平成の芸能界における不世出のプロデューサー像として、今なお色褪せることはありません。