かつて「日本人初の9秒台」という称号は、祝福であると同時に重い鎖でもあった。東洋大学時代に打ち立てた金字塔以降、世間の視線は常に「次は9秒8台か」という過剰な期待へと注がれた。相次ぐ怪我やプレッシャーによる不調を経験する中で、彼は自身の中にあった「過去の自分」という最大の敵と向き合うことになる。
転機となったのは2026年代半ばのアプローチの転換だ。「他人や過去のタイムと戦うのをやめた」と語るように、彼は数字という呪縛から解き放たれ、純粋に「自分の身体をいかに最速で動かすか」という探求へと没頭するようになった。この意識のシフトこそが、30代を迎えた今もトップレベルのスピードを維持する最大の要因となっている。