フッ酸被曝に対する唯一にして最大の特効的初期処置が、「グルコン酸カルシウム軟膏(2.5%カルシウムゲル)」の塗布です。
グルコン酸カルシウムは、皮膚から浸透して組織内の遊離フッ素イオンにカルシウムを先回りして供給します。これにより、体内の生理的カルシウムが奪われる前にフッ素を無害なフッ化カルシウム(CaF₂)としてキレート結合・不溶化させ、深部への侵食をブロックします。
流水洗浄を15分以上行った直後、清潔な手袋を装着した手でグルコン酸カルシウム軟膏を患部に惜しみなく厚く塗り、痛みが完全に消失するまで継続的に擦り込みます。軟膏を塗布した上からラップ等で軽く保護し、軟膏のチューブを持参した状態で直ちに救急車で医療機関へ搬送します。
医療機関においては、以下のような専門的治療が展開されます。
局所の激痛が治まらない場合は、整形外科や救急科においてグルコン酸カルシウム水溶液の皮下局所注射や、上肢の動脈(橈骨動脈・上腕動脈)へ薬剤を持続注入する動脈内カルシウム注入療法が選択されます。爪下病変に対しては、局所麻酔下の爪甲切除またはトレパネーション(爪に穴を開ける処置)が行われます。
さらに警戒すべきは「全身性低カルシウム血症」です。フッ酸が体表面積のわずか1〜2%(手のひら1〜2枚分程度)以上に接触した場合、あるいは高濃度フッ酸の蒸気を吸入した場合、経皮吸収されたフッ素が血中カルシウムと結合し、急激な低カルシウム血症と高カリウム血症を引き起こします。
これにより心電図上でQT延長が発生し、致死的不整脈である心室細動(VF)やトルサード・ド・ポアンツ(TdP)を誘発して突然の心停止に至ります。救急隊および医師へは、必ず「フッ酸(フッ化水素酸)による被曝であること」「推定濃度」「受傷時刻」「流水洗浄の時間」「軟膏塗布の有無」を明確に申告し、心電図モニターと血清カルシウム濃度の緊急追跡を依頼しなければなりません。