映画『凶悪』の骨格をなすのは、1999年に茨城県で発覚し、月刊誌『新潮45』編集部による調査報道で白日の下に晒された「上申書殺人事件」です。映画で山田孝之が演じたジャーナリスト・藤井のモデルとなったのは、同誌の編集記者・宮本太一(仮名)ら取材班。そして、ピエール瀧が演じた死刑囚・須藤純次のモデルこそ、実在の元暴力団幹部・後藤良次(ごとう・りょうじ)受刑者でした。
後藤は別件の拳銃乱射・殺人事件ですでに死刑判決を受けて拘置所に収監されていました。しかし、自らの死刑確定を目前にして、突如として警察宛てに「自分が関与した、警察が把握していない3件の殺人事件がある。そのすべてを首謀したのは『先生』と呼ばれる男だ」という詳細な上申書を提出したのです。
この「先生」と呼ばれた男のモデルが、リリー・フランキーが怪演した不動産ブローカー・三上静男(みかみ・しずお)です。映画で描かれた殺害手口の数々は、法廷記録やノンフィクション書籍『凶悪 -ある死刑囚の告発-』に記された事実そのものでした。
被害者のひとりは、土地を奪う目的で狙われた高齢男性でした。酒乱であることを悪用され、アルコール度数の高い酒を数日間にわたって大量に飲まされ、急性アルコール中毒によって心不全を装って病死として処理されました。さらに別の事件では、借金を抱えた男性が山中の空き家に監禁され、過酷なリンチの末に絞殺。遺体は敷地内で焼却され、骨灰まで粉砕して遺棄されるという、人間の尊厳を徹底的に踏みにじる手口が取られたのです。
警察が単なる病死や行方不明事件として処理していた「完全犯罪」が、一人の死刑囚の告白によって暴かれたという構図そのものが、昭和から平成へと移り変わる社会の暗部を浮き彫りにしました。