浜田雅功の学歴と日生学園の真実|壮絶な寮生活から頂点への軌跡

浜田雅功の学歴と日生学園の真実|壮絶な寮生活から頂点への軌跡

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過酷な日生学園第二高校を無事に卒業した浜田雅功氏ですが、最初からお笑い芸人を目指していたわけではありませんでした。また、一般的な四年制大学や短期大学への進学も最初から選択肢にはありませんでした。

高校卒業後の第一志望はプロのボートレーサー

高校卒業直後の1982年春、浜田氏が真剣に目指したのは公営競技であるボートレーサー(競艇選手)への道でした。小柄な体格を活かせること、そして何より「学歴に関係なく実力次第で数千万円から億円単位の賞金を稼げる」という勝負の世界に強い魅力を感じたためです。

浜田氏は静岡県富士川(本栖湖)にあった過酷なボートレーサー養成所(本栖研修所)の入所試験に挑みます。しかし、視力検査や極めて狭き門であった適性試験の壁に阻まれ、結果は不合格に終わりました。もしこの時ボートレーサー試験に合格していれば、ダウンタウンというお笑いコンビは誕生していなかったことになります。

挫折から吉本興業NSC第1期生への転進

目標を見失いかけていた浜田氏の目に留まったのが、吉本興業が新たにタレント養成機関として開校を発表した「吉本総合芸能学院(NSC)」の生徒募集ポスターでした。

当時、印刷会社への就職が内定していた松本人志氏に対し、浜田氏は「一緒に吉本へ行こう」と強く誘い出します。松本氏自身も芸人への憧れを抱いていたものの、安定した就職を蹴る決断を後押ししたのは、紛れもなく浜田氏の強烈な突破力でした。こうして1982年4月、二人はNSCの第1期生として入学し、お笑い史を塗り替える伝説の第一歩を踏み出すことになりました。

山崎 陸
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山崎 陸

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