バース退団後、阪神の背番号「44」は空き番号(準永久欠番のような扱い)となる時期を挟みつつも、大砲候補や期待の若手選手へと受け継がれていきました。
バース以降に背番号「44」を背負った主な歴代選手たち
- セシル・フィルダー(1989年):バース退団の翌年に加入。「バースの再来」として背番号44を託され、1年で38本塁打を記録。その後MLBデトロイト・タイガースへ復帰し、3年連続打点王・2年連続本塁打王に輝く大スターへと飛躍しました。
- 関川浩一(1991年 - 1997年):捕手・外野手として気迫あふれるプレーでチームを牽引。打てる捕手としてファンから愛されました。
- 坪井智哉(1998年 - 2000年):ルーキーイヤーに「振り子打法」で打率.327(当時の新人体現最高打率)をマーク。背番号44に新たな安打製造機のイメージを吹き込みました(後に背番号7へ変更)。
- 梅野隆太郎(2014年 - 2026年):ドラフト4位で入団し、強肩強打の捕手として背番号44を着用。正捕手へと成長し、ゴールデングラブ賞の常連となった後、2026年から背番号「2」へ変更しました。
- 近本光司(仮契約時):2018年ドラフト1位指名時、当初は球団から背番号「44」が提示されていましたが、本人の希望や外野手の系譜を考慮して最終的に「5」に変更されたというエピソードもあります。
SNSやファンのコミュニティ(虎党が集う掲示板や甲子園球場周辺の私設応援団)の声を取材・検証すると、ファン心理には長年、独特のアンバサダー意識が存在することが分かります。
「バースの44番は別格。外国人選手がつけるとどうしても1985年の幻影を求めてしまう」「坪井や梅野のように、44番を着けて結果を出して主力番号へ羽ばたいていく出世番号としての位置づけも定着した」といった意見が多く、単なる欠番以上の“重みと成長の象徴”として親しまれています。