当時の銭湯は単に体を洗う場所にとどまらず、町内の情報が行き交う巨大なコミュニティセンターの役割を果たしていた。式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』や、喜多川歌麿・歌川国貞らの浮世絵には、裸の付き合いを楽しむ庶民の飾らない日常が生き生きと描かれている。
風呂上がりの客が集う2階の広間には囲碁や将棋盤が置かれ、茶を飲みながら近所の噂話や商売の商談が行われた。身分制度が厳格だった江戸社会において、銭湯の湯船の中だけは武士も町人も職人もみな一様に裸となり、身分差を忘れてフラットに会話を交わせる唯一無二の解放空間だった。
また、「湯船に入る前に掛け湯をする」「手ぬぐいを湯船につけない」「狭い湯船で足を伸ばしすぎない」といった現代にも通じる入浴マナーは、この密集した共同体の中で他者と気持ちよく共生するための知恵として自然に育まれたものだ。