山頭火を語る上で欠かせない存在が、同じく荻原井泉水門下の双璧と称された尾崎放哉である。二人はしばしば「自由律俳句の二大巨頭」として並び称されるが、その生と死の軌跡は鮮やかな対比を見せる。
「咳をしても一人」に代表される放哉の句は、寺の庵に籠もり、自己の内面と死の気配を極限まで凝視した「静」の文学だった。対する山頭火は、笠をかぶり草鞋を履き、全国を乞食(こつじき)しながら歩き続けた「動」の俳人である。「うしろすがたのしぐれてゆくか」「すべってころんで山がひっそり」――山頭火の視線は常に大地に接し、身体の動きとともにあった。自らを滅亡へ追い込みながらも、歩くことでしか世界と繋がれなかった山頭火の句には、放哉の冷徹な諦念とは異なる、泥臭いまでの人間味と生への渇望が息づいている。