マーガレット・サッチャーが「鉄の女(Iron Lady)」と呼ばれるようになったきっかけは、国内の支持者による賛辞ではなく、冷戦下のソビエト連邦による批判報道でした。1976年1月、当時まだ野党・保守党の党首だったサッチャーは、「覚醒せよ、英国」と題した演説を行い、ソ連の軍備拡張と西側の宥和姿勢を痛烈に批判しました。これに対し、ソ連国防省機関紙『クラスナヤ・ズヴェズダ(赤星)』の記者ユーリー・ガヴリーロフが彼女を「鉄の女」と形容して非難したのです。
並みの政治家であれば反発するか無視するところですが、サッチャーはこのレッテルを逆手に取りました。直後の演説で「私は今夜、赤い星の絹のドレスを着てここに立っています。『鉄の女』のマーガレット・サッチャーです」とユーモアを交えて名乗り、自らの不屈の決意と共産主義への対決姿勢をアピールする強力な武器へと変えてみせました。
彼女の生い立ちは、歴代の英国首相としては異例の庶民派でした。1925年、リンカンシャー州グランサムの質素な食料品店の次女として誕生。敬虔なメソジスト教徒であり地方議員も務めた父アルフレッド・ロバーツから「他人に流されず、自らの足で立ち、勤勉に働くこと」という倫理観を徹底的に叩き込まれました。この幼少期の価値観が、のちの自助努力を重視する政治信条の土台となります。
名門オックスフォード大学サマーヴィル・カレッジで化学を専攻し、女性として初めてオックスフォード大学保守党協会の会長に就任。卒業後は化学者として働きながら法学を学び、税法専門の法廷弁護士(バリスター)の資格を取得しました。1959年に下院議員初当選を果たし、教育科学相などを経て、1979年にイギリス歴代首相として女性初となる第71代首相に就任しました。