和田アキ子の代表曲には、日本の歌謡界を支えた名プロデューサーや作詞・作曲家たちの緻密な計算と、現場での偶然が生んだ劇的なドラマが秘められています。
『あの鐘を鳴らすのはあなた』に託された祈りと阿久悠の視線
1972年に発表された『あの鐘を鳴らすのはあなた』は、稀代の作詞家・阿久悠と作曲家・森田公一のコンビによる傑作です。当時の日本は高度経済成長期の影で公害問題や孤独感が社会問題化し始めていた時期でした。
阿久悠は自著や回想録において、「和田アキ子の持つスケールの大きな声質は、男女の痴話喧嘩や個人的な失恋を歌うのではなく、群衆や街全体を包み込むような希望の鐘を鳴らすにふさわしい」と語っています。私小説的な歌謡曲が主流だった時代に、普遍的な人間愛を堂々と歌い上げるゴスペル調のスタイルを提示したことで、第14回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞し、半世紀を経た今も色褪せないアンセムとなりました。
伝説の掛け声「ハッ!」はいかにして誕生したのか?
『古い日記』といえば、誰もが「あの頃は」の直後に「ハッ!」という鋭い掛け声を思い浮かべます。しかし、当時の公式レコードの歌詞カードには「ハッ!」の文字は記載されていません。
作曲と編曲を手掛けた馬飼野康二、そしてレコーディング関係者の証言によると、この曲はアメリカのモータウンやスタックス・レコードのソウル/ファンクサウンドを歌謡曲に落とし込む実験的なプロジェクトでした。疾走感のあるリズムセクションに対し、歌い出しのタメとアクセントをどう強調するか試行錯誤する中、リズムを取るために自然と発したブレス(息を強く吐き出す声)がそのまま採用されたと伝えられています。
さらに、テレビの生放送やライブステージで和田自身がアクションを大げさに付け、モノマネタレントたちが誇張して再現したことで国民的フレーズへと昇華しました。音楽評論的にも、あの「ハッ!」という1拍のブレイクが存在することで、ベースとドラムの16ビートが際立つ完璧なアレンジ構造となっています。