沢木耕太郎の名を一躍世に知らしめた金字塔が、1986年から順次刊行された『深夜特急』(全6巻)です。「インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合バスで行く」という無謀とも思える放浪の旅は、当時の若者たちに決定的な衝撃を与えました。
この旅が敢行されたのは1970年代前半。当時26歳だった沢木耕太郎は、ガイドブックもインターネットもない時代に、自らの五感だけを頼りにユーラシア大陸を西へと進みました。カジノでの熱狂、香港やカルカッタ(現コルカタ)の熱気、シルクロードの静寂、そして旅先で出会う市井の人々との交歓が、瑞々しい筆致で描かれています。
『深夜特急』が単なる旅行記にとどまらない最大の理由は、「旅を通じて自分自身と対峙する青年の内省の記録」だからです。他人の評価や敷かれたレールから降り、自分の足で世界とぶつかる覚悟。その旅のリアルな息遣いは、情報過多なデジタル社会を生きる現代人にとっても、強烈な憧れと旅立ちへの衝動を呼び起こします。