物語のクライマックスにおける封神演義の妲己の結末は、ジャンプ史上に残る異例の展開として知られています。伏羲(太公望)たちが死闘の末に女媧を追い詰める中、妲己はその背後から現れ、あらかじめ衰弱させておいた女媧の肉体を丸ごと吸収・同化してしまいます。
彼女は戦うことなく、物語の最終目的を一人で達成しました。そして彼女が選択した道は、世界を恐怖で支配することでも、仙界の王として君臨することでもありませんでした。女媧の神力を取り込んだ妲己は、自ら「地球そのものの意思」となり、母なる大地へと溶け込んでいったのです。
なぜ妲己は地球と同化する道を選んだのか。藤崎竜版『封神演義』の考察において、この行動は「究極の自己愛と自由の獲得」として読み解かれます。他者に支配されることを極度に嫌った妲己にとって、世界の頂点に立つことすら、他者との関係性に縛られる不自由を意味していました。ならば、人間も仙道も、生きとし生けるすべての生命を抱く「地球」そのものになってしまえばいい――。
彼女は母として大地に宿り、太公望たちが生きる世界を未来永劫、自らの胎内として見守り続ける道を選びました。悪の限りを尽くした怪物が、最終的にすべての生命を包み込む「母神」として昇天する。この凄絶なカタルシスこそ、読者が彼女に抱く底知れぬ魅力の正体です。