三原市内における医療提供体制の持続可能性を確保するため、広島県や三原市、地元医師会を交えて進められたのが三原市医師会病院との機能統合・医療拠点再編です。複数の中核病院が競合・分散していた体制を改め、急性期機能と回復期・慢性期機能を整理・統合する計画が本格化しました。
この再編プロセスにおいて、三原赤十字病院の担っていた急性期医療や救急機能は整理され、地域医療のバトンは統合再編後の新体制へと引き継がれました。長年「日赤」として親しまれた看板が下ろされた瞬間は多くの市民に衝撃を与えましたが、崩壊寸前だった医療従事者のリソースを1か所に結集させ、持続可能な急性期拠点を創出するための不可避な選択であったと総括されています。