浅村栄斗の野球人生を語る上で外せないのが、高校野球の名門・大阪桐蔭高校での経歴です。名将・西谷浩一監督のもと、2008年夏の甲子園において「1番・ショート」として出場し、1大会2本の先頭打者本塁打を記録するなど猛打を振るって全国制覇を成し遂げました。1学年上には中田翔が君臨し、常に全国の重圧に晒される極限環境で培われた勝負強さは、その後のプロ生活の基盤となりました。同年のドラフト会議で埼玉西武ライオンズから3位指名を受け、強打の内野手として育成されたのです。
西武の黄金期を支え、ファンからも首脳陣からも愛された浅村が、なぜ2018年オフに国内FA権の行使に踏み切ったのか。当時、地元関西のオリックス・バファローズや資金力に勝る福岡ソフトバンクホークスも獲得に乗り出していました。その中で東北楽天ゴールデンイーグルスへの移籍を決断した理由には、スポーツビジネスの観点からも興味深い背景が存在します。
報道各社の取材や関係者の証言によると、決め手となったのは当時GMを務めていた石井一久氏の熱意と、生前に浅村を高く買っていた故・星野仙一氏の存在でした。石井氏は「チームの中心として、グラウンド内外で新しい文化を創ってほしい」と口説き落としました。強豪チームで確立された地位に甘んじるのではなく、優勝争いの常連を目指す途上にあった楽天で自らの価値を証明したいという、「自らをあえて過酷な環境に置く挑戦心」が移籍の最大の引き金となったのです。