上皇が原因不明の重病に倒れた際、その異変の元凶を見破ったのが、当代屈指の陰陽師・安倍泰成(または安倍泰親、伝承によっては安倍晴明の霊力)でした。陰陽道秘伝の祭文を読み上げ、神木で作られた御幣を掲げた瞬間、玉藻前は本性を現し、九本の尾を持つ巨大な狐の姿となって虚空へと飛び去ったと記録されています。
朝廷はただちに討伐軍を編成。弓の名手として知られた三浦義明(三浦介)や千葉常胤(上総介)をはじめとする数万規模の精鋭部隊が、下野国(現在の栃木県)の那須野原へと派遣されました。軍勢を前にしても妖狐の反撃は凄まじく、数多くの武士が幻術と毒霧の犠牲になったとされます。
最終的には、神仏の加護を受けた霊矢によって討ち取られますが、九尾の狐はその死の間際に巨石へと姿を変えました。自らの怨念と猛毒を封じ込めたその岩こそが、後世に名を残す「殺生石」です。