飛ぶ鳥を落とす勢いだった加藤晴彦ですが、2006年の『あいのり』降板を皮切りに、徐々に全国ネットのキー局から姿を消していきます。あまりの急激な露出減少に、世間では「業界の有力者を怒らせて干された」「所属事務所との確執で芸能界を追放された」といったネガティブな噂が囁かれるようになりました。
しかし、後に本人がテレビ番組のインタビューなどで語った実情は、そうしたゴシップとは大きくかけ離れていました。20代前半から30代前半にかけての加藤は、連日の過密スケジュールにより睡眠時間が削られ、心身ともに極度の疲弊状態に陥っていたといいます。
自分が表現したいことと、テレビが求める「明るく元気なキャラクター」との乖離に悩み、自分のペースで人生を歩みたいという思いが強くなっていったことが、第一線から一歩引く大きな動機でした。決して何らかのペナルティで排除されたわけではなく、自身の意思でテレビ露出のペース配分を見直したというのが真相です。