昭和から令和に至るまで家庭料理の羅針盤となってきたNHK『きょうの料理』や、食育と調理教育の礎を築いた服部幸應氏が遺した知見の中にも、牡蠣の扱いに関する珠玉のセオリーが詰まっている。日本調理科学会で発表される諸論文でも指摘されている通り、牡蠣のグリコーゲンとグルタミン酸は、加熱のピークに達する直前で最も芳醇な香りを放つ。
プロの現場で徹底されているのは「酒煎り(さかいり)」という技法だ。少量の酒と醤油で短時間だけ下煮し、身がふっくらと膨らんだ瞬間に一度鍋から引き上げる。煮汁だけを煮詰めてから最後に身を戻すこの一手間は、過加熱を物理的に防ぐ究極の防衛策と言える。