ネット上のヘルスケア情報やSNS動画では、「猫背や巻き肩を改善するために、背中の筋肉をどんどん鍛えましょう」という単純化されたアドバイスが溢れています。しかし、機能解剖学の視点から厳密に検証すると、この言説には重大な盲点と危険な誤解が潜んでいます。
大円筋の作用を思い出してください。大円筋は肩関節を「内旋(内側へねじる)」させる筋肉です。デスクワークでパソコンのキーボードを叩き、スマートフォンを操作している姿勢は、まさに両腕が内旋した状態が長時間固定されています。この日常的な不良姿勢によって大円筋が慢性的に過緊張を起こし短縮している状態で、さらに大円筋や広背筋の筋トレばかりを過負荷でやり込むとどうなるでしょうか。
短縮した大円筋が上腕骨頭を前内側へと強力に引っ張り続けるため、かえって巻き肩を悪化・固定化させてしまうという逆転現象が起こるのです。その結果、胸郭が圧迫されて呼吸が浅くなり、首こりや背中の張りが深刻化します。
さらに見逃せないのが、大円筋周辺の痛みの原因です。大円筋が硬く拘縮すると、肩甲骨の外側にある「四角間隙(クアドリラテラルスペース:大円筋、小円筋、上腕三頭筋長頭、上腕骨で囲まれた隙間)」を圧迫し、そこを通過する腋窩神経や後上腕回旋動脈を絞扼(こうやく)することがあります。これが起きると、肩の後面から外側にかけての重だるい痺れや鈍痛が生じます。また、腕を真上に持ち上げるバンザイの動作において、大円筋が突っ張って肩甲骨の上方回旋を阻害し、肩峰下で腱板が挟み込まれる「肩関節インピンジメント症候群」の引き金にもなるのです。
「背中の筋トレをしているのに肩が痛む」「腕を上げると脇の奥が詰まるように痛い」というケースでは、鍛えることよりもまず、大円筋の柔軟性を取り戻す作業が最優先課題となります。