津軽三味線は通常、座して膝の上で構えて演奏するのが伝統的な作法である。それをあえて立ったまま抱え込み、時に舞うように撥を振り下ろす「立ち弾き」のスタイルは、当時の邦楽界に強烈な衝撃を与えた。
幼少期から民謡に親しみ、三味線の手ほどきを受けていた長山洋子だが、演歌歌手として再デビューを果たした当初からこのスタイルを持っていたわけではない。歌謡曲のフィールドから伝統芸能の領域へ再び足を踏み入れるにあたり、並大抵の覚悟では本物の芸として認められないという強い危機感があった。
数キロの重量がある津軽三味線をストラップで固定し、激しい運指をこなす肉体的な負荷は想像を絶する。指先の皮が破れ、肩に激痛が走る日々。それでも彼女は、歌唱のブレスを乱すことなく撥を打ち鳴らす独自のフォームを徹底的に叩き込んだ。単なる視覚的なパフォーマンスではなく、自らの魂を削り出すための必然として生まれたのが、あの鬼気迫る立ち姿だった。