1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本のジュエリー・宝飾業界は大きな転換点を迎えていた。重厚で格式高いマダムのための宝飾品か、あるいは安価なファッションアクセサリーか。その二極化に風穴を開けたのが、宝石鑑定士の資格を持つ母・福王寺朱美氏が創業したAHKAHだった。
美術工芸のバックボーンを持つ母が緻密なクラフトマンシップを注ぎ込み、そこに現代的なストリート感と可憐な世界観を吹き込んだのが娘の彩野氏である。美術大学で培った鋭い色彩感覚と独自の審美眼は、展示会の演出からビジュアルメイキング、PR戦略に至るまで遺憾なく発揮された。母娘の強固なタッグが生み出した「スキンジュエリー」という概念は瞬く間に全国へ波及し、伊勢丹をはじめとする主要百貨店で行列を作る社会現象へと発展していった。