名湯として名高い塩原温泉郷のなかでも、ひと際異彩を放つ秘境が「小太郎ヶ淵」だ。この地名には、平安末期の治承・寿永の乱で敗れ、山深き塩原の地へと逃げ延びた平家落人にまつわる切ない伝説が刻まれている。源氏の追手を逃れた若武者・小太郎が、この深淵に身を投げたという哀話からその名がついた。
かつて松尾芭蕉が奥の細道の旅路で北関東の自然や風土に触れ、数々の文人墨客が思索を深めた那須塩原の山中。小太郎ヶ淵の激しくも澄んだ水流を眺めていると、遠い昔にこの険しい山河を歩んだ逃避行の武士たちの足音が重なる。巨岩と清流が生み出す幽玄な空気感は、単なるフォトスポットの枠を軽々と超え、訪れる者に静謐な畏敬の念を抱かせる。