卒業アルバム個人写真のネットの反応と評判を調査すると、そこには制度の形式化と生徒の内面との激しい摩擦が浮き彫りになります。大手質問サイトやSNS上では、毎年秋から冬にかけて「卒アルの個人写真がブサイクすぎて学校に行きたくない」「友達に見られたくないからアルバムをハサミで切り刻みたい」といった、誇張ではない深刻な悩みが無数に投稿されています。
実際に都内の公立高校を卒業したある大学生は、当時の心境を次のように語ります。
「普段は鏡を見ながら前髪のミリ単位のバランスを整え、スマホでも光の当たり方を気にして自撮りしているのに、学校の撮影では椅子に座らされて3秒で『はい、笑ってー』とシャッターを切られました。仕上がった写真を見たとき、自分のコンプレックスである左右非対称の目や輪郭の歪みが残酷なまでに強調されていて、卒業式当日はアルバムのクラスページを開くことすらできませんでした」
一方で、学校現場の教職員からは異なる視点の苦悩が漏れ聞こえます。関東地方の公立中学校で学年主任を務める教諭は、写真選定の舞台裏について次のように証言しています。
「昔のように『全員載せて当たり前』の時代は終わりました。撮影を頑なに拒否する生徒に対して無理強いは絶対にできませんが、後から『やっぱり載せてほしかった』と言われても刷り直しは効きません。同意書の回収から、欠席生徒の予備撮影の手配、写真館との度重なる校正作業まで、教員の負担は限界に達しています。現場の本音としては、トラブルの火種になる個人写真の掲載そのものを見直したいのが実情です」
ネット上の噂として「卒業アルバム自体が全国で完全廃止される」という極端な言説が流布されることがありますが、これは半分事実で半分は誤解です。アルバムそのものを全廃した学校はまだ一部の先進校に限られるものの、「個人写真ページを全廃し、行事ごとのグループスナップ中心に再編する」「個人写真のサイズを大幅に縮小する」といった実質的なスリム化に踏み切る学校は確実に広がっています。