当時の特番インタビューや地元紙の記録、当事者の証言を丹念に掘り起こすと、現場の異常な熱気が生々しく浮かび上がってきます。
12月14日、愛知県豊川市内の支店窓口は、早朝から黒山の人だかりとなっていました。「とにかく全額おろしたい」「定期預金を解約してくれ」と叫ぶ預金者に対し、信金の行員たちは「経営には何の問題もありません。デマです」と懸命に説明を続けました。
しかし、興奮状態にある群衆に言葉は届きません。当時現場に居合わせた預金者の一人は、テレビ局の取材カメラに対して次のような生の声を残しています。
「みんなが解約しているのに、自分だけ信じてお金を預けたままにして、明日潰れたら誰が責任を取ってくれるのか。嘘でも本当でもいいから、手元に現金を確保しておきたいんだ」
信金側も混乱を収拾しようと必死でした。店内に入り切らない預金者のため、寒空の下で番号札(整理券)を配布し、防犯上の理由から一時的にシャッターを半分下ろしました。ところが、この良心的な安全管理策が最悪の裏目に出ます。
「整理券を配ったということは、残高がもう足りないということだ!」「シャッターを閉めたぞ、夜逃げの準備だ!」
現場ではすべての事象が「倒産」という結論へ都合よく結びつけられ、疑心暗鬼が確信へと変貌していきました。これこそが、豊川信用金庫事件におけるパニックの理由の真髄です。
この壊滅的なパニックの連鎖を断ち切ったのは、日本銀行(日銀)名古屋支店の迅速かつ豪快な決断でした。12月15日午後、日銀は無制限の資金供給を約束し、現金輸送車をピストン運行させて信金本店へ現金を緊急搬送しました。
そして窓口のカウンター奥へ、高さ1メートル、幅数メートルにおよぶ札束の壁をこれ見よがしに積み上げました。その総額は当時の金額で数十億円相当。「いつでもお好きなだけお引き出しください。お金はいくらでもあります」という無言の視覚的証明を突きつけられた瞬間、殺気立っていた人々の憑き物が落ちたように預金引き出しの列は解消へと向かいました。