二人の関係を語る上で避けて通れないのが、平成の芸能界を揺るがした「深刻な母親との確執」と「絶縁に至る複数の決定打」です。安達祐実が0歳でモデルデビューを果たして以降、有里はステージママ兼マネージャーとして娘の活動を徹底管理していました。
当時、二人の間に生じた主な摩擦は以下の3点に集約されます。
① 幼少期からの金銭管理とギャラの不透明さ
『家なき子』の爆発的ヒット(最高視聴率37.2%を記録)により莫大な収入が発生していたにもかかわらず、安達祐実に渡されていたのは月数百円から数千円のお小遣い程度でした。大人になって自身の稼ぎと手元の資産の乖離を知った際、母への強い不信感が芽生えたと語られています。
② 初恋の男性を巡る家庭内トラブル
安達祐実が十代の頃に淡い思いを寄せていた撮影現場のスタッフ(AD)に対し、後に母・有里が交際・再婚するという衝撃的な出来事が発生しました。多感な思春期の少女にとって、自身の憧れだった人物が「義父」になるという現実は、母親への激しい精神的拒絶を生む決定的なトラウマとなりました。
③ 私生活と仕事の過剰なコントロール
学校生活、友人関係、恋愛に至るまで有里の監視下に置かれていたため、安達祐実の「一人の人間として自立したい」という強い欲求と、有里の「商品としての安達祐実を守り育てる」という意識が激しく衝突し続けました。