二・二六事件における襲撃目標は、政界・宮中の重鎮たちでした。その中でも対照的な運命をたどったのが、大蔵大臣の高橋是清と岡田啓介内閣総理大臣です。
「ダルマ蔵相」の愛称で親しまれた高橋是清は、卓抜した財政政策で日本を世界最速で恐慌から脱出させた名宰相でした。しかし、膨張を続ける軍事費が国家財政を圧迫することを危惧し、陸軍予算の削減を主張していたため、青年将校たちから「軍備を削る売国奴」と一方的に敵視されていました。赤坂の私邸で就寝中だった高橋は、乱入してきた反乱軍の凶弾を浴び、81歳でその波乱に満ちた生涯を閉じました。彼が命を落としたことで、軍部の暴走を財政面から抑制できる政治家は完全に姿を消してしまいました。
一方、首相官邸を急襲された岡田啓介首相は、間一髪のところで命拾いしました。反乱軍は官邸内で首相によく似ていた義弟の松尾伝蔵予備役大佐を岡田首相と誤認して射殺。「首相を討ち取った」と誤認した将校たちは官邸内に居座り続けました。岡田本人は女中部屋の押入れの奥深くに隠れ、翌27日、反乱軍の監視の目をかいくぐり、弔問客に紛れて官邸から脱出するという前代未聞の生還劇を果たしました。