厳しい受験期を乗り越えた後、彼が選んだ環境は甘えを許さない場所だった。親元を遠く離れた長野県内の高校へ進学し、全寮制生活をスタート。身の回りの世話をすべて自分で行う日々が、彼の精神的な自律を加速させた。
さらに挑戦は終わらない。高校生活の途中で決断したのが、アメリカへの海外留学だった。言葉も文化も異なる新天地へ身を投じたことで、「ジャガー横田の息子」「木下医師の息子」という固定観念から解放される。一人の人間「Taishi Kinoshita」として評価される環境こそが、彼が密かに望んでいたステージだったのだ。