二人の馴れ初めは、伊藤氏が社会人野球のJR東海からドラフト指名(2007年大学・社会人ドラフト4巡目)を受けてプロ入りした後の知人を介した出会いとされています。交際期間中、伊藤氏はリリーフ陣の柱としてフル回転し、2010年にはレギュラーシーズン65試合登板、防御率3.48という驚異的なタフネスを発揮しました。
同年の日本シリーズ第6戦では延長戦を投げ抜き、チームを日本一に導く胴上げ投手となった伊藤氏。その劇的なシーズンの直後に結婚を決断した背景には、栄光の瞬間だけでなく、過酷な登板過多による肉体的疲労を陰で支え続けた妻への絶対的な信頼と感謝がありました。
しかし、栄光の後は度重なる右肩や右肘の故障に苦しむ日々が続きます。手術と過酷なリハビリ、二軍生活が続くなかでも、妻は決して愚痴をこぼさず、前向きな言葉で夫を鼓舞し続けました。2015年にロッテから戦力外通告を受け、他球団のテスト挑戦や去就に揺れた際も、妻は夫の決断を尊重し、次の人生へのステップを静かに後押ししたのです。