平子理沙の20代におけるビジュアルが今なお語り継がれる最大の理由は、時代を10年以上先取りしていた立体的な顔立ちとメイクアップスタイルにあります。1990年代初頭の日本の女性誌は、太眉にナチュラルなコンサバティブスタイルが主流でしたが、彼女はふんわりとした厚みのあるリップ、透明感あふれる白肌、そして華やかなキャットアイをいち早く確立していました。
1971年2月14日生まれの彼女は、高校時代を米ロサンゼルスで過ごした帰国子女。19歳で出場した「第1回日本美人大賞」でグランプリを獲得し、芸能界へと足を踏み入れます。当時の報道関係者は「日本人離れしたプロポーションと、どこかアンニュイで甘い海外セレブのような雰囲気が群を抜いていた」と振り返ります。
雑誌『JJ』の専属モデルに起用されると、瞬く間に同世代女子の憧れの的となりました。当時のグラビアやスナップ写真を見返しても、ポーズや表情作りの引き出しの多さは突出しており、単なる流行のモデルにとどまらない「アイコンとしてのカリスマ性」を20代前半にして既に確立していました。