政変の首謀者である中大兄皇子と中臣鎌足。彼らが真に恐怖したのは、蘇我氏が保持していた圧倒的な経済力と改革スピードだったと指摘されている。渡来系氏族を配下に収め、製鉄、土木、仏教美術の最先端技術を独占していた蘇我一族の存在感は、旧来の豪族連合体であったヤマト王権にとって脅威そのものだった。
中臣鎌足らが目指した改革の骨子を紐解くと、驚くべきことに蘇我入鹿が生前に構想していた国家像と多くの共通点が見受けられる。敵を排除しながらも、その政策基盤をそのまま移植して断行されたのが大化の改新だったという仮説は、古代史のドラマをより重厚なものへと変貌させる。