「買ってきた野菜はすべて野菜室へ直行させる」という家庭のルーティンが、トマトの最大の敵となっている。青果市場の仲卸担当者は「野菜室に入れておいたトマトの味が薄くなった、あるいは食感がパサついたという相談は後を絶たないが、その大半は冷蔵庫の温度設定による低温障害が原因である」と指摘する。
トマトの原産地は乾燥した高原地帯であり、育成・保存に適した理想温度は8℃〜15℃前後とされている。これに対し、一般的な家庭用冷蔵庫の野菜室は約3℃〜7℃に設定されていることが多い。この冷気が直接当たる環境に完熟前のトマトを無防備に長期間放置すると、細胞膜の脂質が凝固し、細胞組織が物理的なダメージを受ける。
低温障害が発生すると、トマト特有のフレッシュな青々しさと甘い香りを構成する「シス-3-ヘキセノール」などの揮発性芳香成分の生合成酵素が働かなくなる。研究機関の分析データによれば、5℃以下の環境に1週間置かれたトマトは、常温付近で管理されたものに比べて香り成分の揮発量が最大約60%以上減少することが確認されている。糖度そのものが劇的に落ちるわけではないものの、香りが失われることで人間の脳は「味が薄く、水っぽい」と認識してしまう。
さらに、低温によって細胞壁を支えるペクチン構造が破壊されると、果肉が締まりを失ってスポンジのようにスカスカした食感(専門用語でミール状化)へと変貌を遂げる。これが「野菜室保存で味が落ちる理由」の真実である。生食でトマト本来の濃密なコクとジューシーさを楽しみたいのであれば、冷やしすぎない管理が何よりも求められる。