ネット上の一部では「アイドル時代の知名度を利用してトントン拍子で演歌界の階段を駆け上がった」という誤解が散見されますが、実際の彼女の足跡は壮絶な苦闘の連続でした。
2005年にシングル「おけさ渡り鳥」で演歌歌手デビューを果たした際、事務所の方針により、彼女は「ミニスカートにへそ出しルック」という演歌界の前例を覆す奇抜な衣装でステージに立ちました。アイドル出身という経歴をフックにした戦略でしたが、これが伝統を重んじる演歌ファンや関係者から「演歌を冒涜している」「見ていられない」と激しいバッシングを浴びる結果となります。
カラオケスナックやショッピングモールの営業では、心ない野次を浴びせられ、握手すら拒否される過酷な環境に晒されながらも、彼女は年間数百回に及ぶ地道なキャンペーンを継続しました。自らの足でCDを手売りし、どんなアウェイな舞台でも民謡仕込みの圧倒的な発声と伸びやかな高音を響かせ続けたことで、徐々に「見た目だけのアイドル演歌」というレッテルを実力で剥がしていったのです。