原武史という言論人が読者を惹きつけてやまない最大の理由は、一見すると無関係に見える「皇室」「鉄道」「団地」という3つの要素を、見事な論理的一貫性をもって架橋してみせる点にあります。従来の政治学者による皇室研究といえば、憲法論争や宮内庁の法制解釈、あるいは権力闘争の歴史をなぞるものが大半を占めていました。しかし、原氏の着眼点はそこにとどまりません。
原氏が着目したのは、権力が人々にどのように「可視化」され、身体的に受容されたかという空間政治学の領域です。例えば、明治期から昭和にかけて整備された鉄道網は、単なる交通インフラではなく、天皇が全国を巡幸し国民にその姿を見せるための巨大な「政治的舞台装置」でもありました。車窓から眺める皇居の杜、お召し列車のダイヤ、地方巡幸の動線など、物理的な空間配置が人々の心性にどのような影響を与えたかを徹底的に掘り下げたのです。
さらに、自身が少年期を過ごした東京都久留米町(現・東久留米市)の「ひばりが丘団地」での原体験は、戦後民主主義と高度経済成長期の精神構造を読み解く決定打となりました。かつてのインタビュー手記において原氏は、均質化された近代住宅である団地と、敷地内を走る移動空間、そしてそこで暮らす中流階級の生活様式を自らの身体感覚を通して観察し続けた日々を振り返っています。天皇が国民の象徴として全国を巡る姿と、郊外の団地で新しい「戦後家族」を形成していく大衆の意識――この両者を同一の近代史のパノラマとして描き出す鮮烈な手腕こそ、原武史の批評が他の追随を許さない決定的な理由です。