世界5分前仮説の元ネタは、イギリスの哲学者・論理学者でありノーベル文学賞受賞者でもあるバートランド・ラッセルが、1921年に著した『心の分析』(The Analysis of Mind)の中で提示した思考実験に遡ります。
ラッセルは同書の第9講「記憶」において、次のような極めて挑発的な一節を書き記しました。
「世界がわずか5分前に、存在しない過去を思い出す完全な記憶を持った住民とともに創造されたという仮説を論理的に反駁することは不可能である」
この思考実験の背景には、19世紀のイギリスの博物学者フィリップ・ヘンリー・ゴスが唱えた世界五分前創造説(オムパロス仮説)が存在します。当時、進化論と聖書の創世記の記述の矛盾を埋めるため、ゴスは「神は数千年前に、あたかも何億年も前から存在していたかのように地層や化石を配置して世界を創造した」と主張しました。
ラッセルはこの奇妙な神学理論を純粋な論理学の枠組みへと昇華させました。ラッセルの狙いは「世界は本当に5分前にできた」と信じ込ませることではなく、「私たちが『確実な事実』だと信じ込んでいる過去の記憶や観測記録は、論理的に絶対の真理とは証明できない」という認識論の脆弱性を突きつけることだったのです。