どん底の美輪を救い、時代の寵児へと押し上げた舞台が、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」だった。17歳で銀巴里のステージに立った美輪は、フランス語のシャンソンを情熱的に歌い上げ、瞬く間に夜の銀座の象徴となる。客席には三島由紀夫をはじめ、吉行淳之介、江戸川乱歩、寺山修司といった日本最高峰の知性が集い、美輪の歌声に酔いしれた。
特に寺山修司とは深く共鳴し合った。寺山は美輪の歌声と存在感にインスピレーションを受け、次々と詩や戯曲を紡ぎ出す。銀巴里は単なる音楽喫茶ではなく、戦後日本の前衛芸術が生まれる濃密なアトリエであり、その中心に美輪明宏が君臨していた。