鷹取山の垂直な崖肌に突如として現れる「弥勒菩薩磨崖仏」。像高約8メートル、幅約4.5メートルという圧倒的なスケールを誇り、遠目には数百年を経た古代の仏教遺跡のように見えます。しかし、地元教育委員会や横須賀市の郷土資料が明かす鷹取山磨崖仏の真相は、中世の信仰遺産ではなく、昭和40年(1965年)頃に完成した近現代彫刻です。
この前代未聞の巨像を刻んだ鷹取山磨崖仏の作者は、横須賀市追浜本町にアトリエを構えていた彫刻家・藤島茂(ふじしま しげる)氏。日本美術家連盟に所属し、戦後の地域文化活動に尽力した実力派の彫刻家でした。
なぜ藤島氏は、人を容易に寄せ付けない断崖絶壁に仏を彫ろうと思い至ったのか。その鷹取山磨崖仏の制作経緯には、高度経済成長期の開発熱と、地域のアイデンティティを巡る切実な願いが交錯していました。当時、鷹取山周辺は石切場としての役割を終え、荒涼とした岩肌を晒したまま宅地開発の波が押し寄せていました。殺伐とした岩壁に囲まれた故郷の風景を見つめた藤島氏は、「この特異な自然景観に永遠の祈りを宿らせ、地域の守護と平和、そして未来へ続く観光の礎としたい」と強く念願したと伝えられています。
制作は苦難を極めました。横須賀市や関係団体の依頼・協賛を受けつつも、実際の作業は藤島氏が自ら断崖に丸太で足場を組み、ノミとハンマーを振るって岩肌を削り出す過酷な単身作業。柔らかく削りやすい反面、層によって脆さが異なる凝灰岩と対峙しながら、約1年の歳月をかけて昭和40年に完成へと漕ぎ着けました。この背景を知ることで、ただの奇観ではなく、一人の表現者が地域へ捧げた執念の記念碑であることが浮かび上がってきます。