竹内氏のルーツを語る上で欠かせないのが、第8代孝元天皇の皇孫とされる伝説の巨人・武内宿禰です。記紀(古事記・日本書紀)によれば、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に約300年余りにわたって仕えたとされ、初期大和王権の最高権力者(棟梁)として君臨しました。
武内宿禰を祖とする氏族には、古代の有力豪族である蘇我氏・葛城氏・平群氏・紀氏などが名を連ねます。その後、平安時代から鎌倉時代にかけて、武内宿禰の末裔を称する系統や、各地の地名(大和国葛下郡竹内村など)を本拠地とした一族が「竹内(たけのうち/たけうち)」の名字を名乗るようになりました。
歴史学的な見地から整理すると、竹内氏の由来には以下の3つの主要な系統が存在します。
1つ目は、公家として朝廷に仕えた堂上家(清和源氏の流れを汲む竹内家)。子爵の爵位を持ち、明治以降も華族として格式を保ちました。2つ目は、中世の戦乱期に各地で武士団を形成した武家竹内氏(美作国や陸奥国など)。そして3つ目が、越中(富山県)の皇祖皇太神宮に伝わる古文書の伝承者としての竹内家です。このように、多層的な歴史的背景が現在の竹内氏の重厚なイメージを形作っています。