2001年3月7日にヴェルファーレで単独ショーケース・ライブを開催し、報道陣が多数訪れました。
この日は「ID; Peace B(日本語)/SARA(朝鮮語)/Don’t start now(英語)」を披露しました。
パフォーマンス後、日本人記者には日本語、英語圏の記者には英語と言葉を使い分け取材を受け答えました。
日本語と英語の特訓の甲斐があり、使い分けできたということですね。
このような振る舞いも、日本での人気要素の一つになったのでしょう。
そして5月にキリンビバレッジの「午後の紅茶 b」ベビーリーフ篇に出演し、知名度をあげました。
5月30日に韓国でのデビューアルバム「ID; Peace B」のタイトルを日本語にし、J-POP歌手としてデビューしました。
事務所入所時から世界進出を目指していた
BoAさんは、韓国で事務所に入った時から世界進出に向け、歌やダンスに取り組みました。
それと並行して日本語、英語の特訓もしていたので、日本での初披露時に日本語と英語を使い分けできていたのですよね。
日本でのデビューに成功し、2008年「Eat You Up」のデジタルシングルで全米デビューしました。
デビューは容易ではなかったようで、2013年8月9日に韓国で放送されたSBS「サンキュー」では、こう答えています。
「2001年の日本デビューで成功し、“アジアの星”として急浮上したが、アメリカではまた最初から始めなければならないというプレッシャーで辛い時間を過ごした」
また一から売れるために頑張らなければならないことは、大変だったと思います。
アメリカでは歌唱力もそうですが、容姿も重要視されます。
とても大変な努力を必要とするので、成功は難しいのでしょう。
外国人で初めて『NHK紅白歌合戦』に出場
BoAさんは2002年にNHK紅白歌合戦に初出場し「VALENTI」を披露。
2007年まで6回連続で出場しました。
韓国歌手の最多出場は桂銀淑さん7回ですが、日本での人気ぶりがうかがえますね。
その後、2008年に東方神起が出場し、韓流ブームも合わさり様々な若手韓国アーティストが紅白歌合戦に出場しています。
老若男女が見る紅白歌合戦に出場したBoAさん。
もしかするとお年寄りからの人気もあったかもしれませんね。