木目込み人形の起源は、江戸時代の元文年間、京都の上賀茂神社に仕えていた高橋忠重が柳の端材で神職の姿を彫り、装束の切れ端を溝に挟み込んで着せ付けたことに始まる。その正統な技法を唯一受け継ぎ、東京の地で独自の発展を遂げさせたのが真多呂人形だ。京都から東都へと移り変わる歴史の激流の中で、この技術は途絶えることなく継承されてきた。
最大の特徴は、その頑強な構造にある。桐の粉と正麩糊を丹念に練り合わせた「桐塑(とうそ)」を手作業で型に詰め、完全に乾燥させてから一つひとつ彫刻刀で細部を彫り込む。そこへ筋彫りを施し、糊を引いた極細の溝に職人がヘラを用いて西陣織などの高級裂地を押し込んでいく。生地が少しでも歪めば、全体のバランスが瞬時に崩れてしまう。まさにミリ単位の狂いも許されない極限の集中力によって生み出される造形だ。卓越した技術を持つ伝統工芸士の手によって命を吹き込まれた人形は、型崩れすることなく、100年単位の歳月に耐えうる堅牢さを誇る。