五蘊それ自体は、生命活動を維持するための自然な生体システムにすぎません。では、なぜこれが「苦しみ」に転じるのでしょうか。その答えは、文字通り「盛(さかん)」という状態にあります。
五蘊盛苦の「盛」は、原典のパーリ語で「執着の対象となる」という意味を持ちます。つまり、絶えず変化し続ける心身の現象(五蘊)を「これが私だ」「私のものだ」と強固に握りしめ、固定化しようとする執着こそが苦の根源なのです。
仏教の根本真理である「諸行無常(あらゆるものは移り変わる)」に照らせば、肉体のコンディションも、湧き上がる感情も、一過性の現象にすぎません。それにもかかわらず、人間は「ずっと若く健康でいたい」「ずっと称賛されていたい」「不快な感情を今すぐ消し去りたい」と、コントロール不可能なものを無理やり制御しようとします。この「現実の無常さ」と「執着する心」のギャップが、激しい精神的摩擦=苦(サンスクリット語でドゥッカ:思い通りにならない状態)を生み出す決定的な理由です。